タイ国王弾劾ブログ

隠し通せると思うなよ。

タイ軍政困惑!中国がタイ国王の公式訪問を打診

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まさか、これで中国入りはないよな。

独裁者プラユット率いる軍事政権が権力を握って以来、タイと中国は急速に接近しつつある。悪徳政権の誕生を中国が見逃すわけはない。7月24日、日本でもお馴染み中国の王毅外相がタイを訪れ、プラユットらと会談した。

プラユットが発した言葉がそのまま法律になる「憲法44条」を発令してタイ軍政が強引に推し進める、中国による高速鉄道建設などについて話し合った模様。現在のタイは中国と同様、言論の自由はない。その最たるものが悪名高き「不敬罪」である。

この世界一厳しい不敬罪により、トンデモ国王の悪事の数々が覆い隠されているのだ。殺人、拷問、王室内部の秘密の牢獄など、極悪行為の数々。もちろん、2日前、タイ全土で開催された自身の誕生日式典にさえ、ドイツから帰国しなかったこともタイでは報じられていない。すべては不敬罪により覆い隠される。

24日の会談では、中泰両国の相互協力を確認したほか、中国側からプラユットを震撼させる提案もなされた。なんと、タイ国王の中国公式訪問をプラユットに打診したのだ。これには、プラユットもさぞかし困ったことだろう。

国を挙げての自身の誕生日式典すらトンズラし、ドイツで再三スキャンダラスなタブロイドねたを提供するあのバカ国王を、外国に公式訪問させねばならないのだ。当然、タイ国外で不敬罪は通用しない。訪問先が同じく独裁国家の中国であることが不幸中の幸いだろう。ヤツのあんな動画こんな写真も、中国滞在中は閲覧禁止になるのだろうか。この点は非常に興味深い。

「さすがに、外国訪問くらい無難にこなすだろう」というまっとうな意見が聞こえてきそうだが、甘い。ヤツの予測不可能な行動は、我々一般ピーポーのはるか上を行く。

1987年、当時皇太子のヤツは日本に公式訪問を果たした。この際、妻ではなく愛人を連れて行こうとして、日本側が拒否。さらに、アホ丸出しの幾多の奇行で日本側を当惑させ、予定より3日早く帰国する始末。この辺のことについては、2017年1月に米CIAが機密扱いを解除した文書の中に経緯が書かれている。また、ヤツのWikipediaページでも触れられているのでご参照のこと。

果たして、中国訪問が実現し、何事もなく収まってくれるのだろうか。ドイツから直接中国に飛んだり、例のいで立ちで空港に降り立ったりしないだろうか。

期待は膨らむ。

国王不在の誕生日式典

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写真出演にて式典に参加するタイ国王。

普通に考えたら、なんと滑稽な誕生日パーティーだろうか。本人がドイツで愛人と過ごす中、タイ国内では主役不在でハッピーバースデー♪♪ 本国に戻ることすら面倒に感じているバカ国王を、いまだ神のようにたてまつる独裁者プラユット御一行。

さすがにプラユットも内心では辟易しているだろうが、今さら方向転換するわけにもいかず、不敬罪で真実を覆い隠しつつ、日々、狂気の道を突き進む。

ところで、毎週金曜日の夜、タイ国内ではプラユットによる(強制)説教番組が放送される。 金曜日の午後にメディアに配布された原稿の一部を紹介しよう。

“As the head of state, His Majesty has conducted royal missions in the footsteps of his father. His heart is full of compassion,”

プミポン前国王の意思を受け継ぎ、我が国王は国の長として、王室の使命を果たされてきた。国王の心は哀れみで満ち満ちている”

…っええ?

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。。。。。

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。。。。!!!

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こいつのこと??

悪魔が生まれた日 タイ国王誕生日迫る

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来る7月28日、狂気の国王ワチラロンコーンが65回目の誕生日を迎える。側近に対する常軌を逸した拷問、虐待、殺人の数々。ヤツが生まれてこなかったら、そして、前国王が勇気をもって継承権をヤツに与えなかったら、どんなに良かっただろうか。

クーデターから3年が経ち、いまだ権力の座に居座り続ける独裁者プラユット率いる軍事政権は、前国王が築き上げたタイ王室の威信を最大限に活用すべく、盛大なイベントを7月28日に計画している。もちろん、プロパガンダ以外の何物でもないくだらないイベントを..。

ヤツがドイツに住んでいることも、極悪行為を働いていることも、タイ国内で報じられることはない。軍事政権と悪しき不敬罪にがっちりと守られ、ヤツはタイ王国を予測不可能な狂気の世界へと一歩また一歩と導こうとしている。

今のタイの政治状況はただのヤバさではなく、まさに狂ったヤバさであり、何が起こってもおかしくない。暴走する国王と軍事政権。当然のことながら、不満分子は山のようにいる。 バカ国王がドイツでスキャンダラスな見出しを飾るたびに、「国の恥」だと感じるまともな人々はたくさんいる。

恐怖で抑圧された人々の想いは、そのはけ口を模索しているだろう。

7月28日、恐らく日本でも大マスコミが悪魔の誕生日イベントを、軍政のプロパガンダ通りに報じると思うが、悪魔が現在進行形で犯し続ける数々の極悪行為を決して忘れないでいただきたい。

■関連記事
・悪魔の経歴:Profile: Thailand's new King Vajiralongkorn by BBC NEWS
(この記事を"シェア"したPaiは今も獄中生活を送る)

・悪魔の仕業:Kingdom of fear by New Mandala

・悪魔の世界:Dhaveevatthana prison: hell on Earth in Thailand by Japan Times

タイ国王がまたも紙面を飾る、ドイツ人少年らに空気銃で尻を撃たれる

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ドイツの空港にて。2016年7月

なぜヤツのニュースは毎回笑えるものばかりなのだろうか。ドイツでおとなしくしてればいいのに..。

6月10日23時、邸宅を構えるドイツ・ミュンヘン郊外でサイクリング中のヤツが、ドイツ人の13歳と14歳の少年らに(おもちゃの)空気銃で撃たれた。ヤツにケガはなかった模様。同事件は21日になって世界中で報じられ、日本の大マスコミも記事にしたので、ご存知の方も多いだろう。

事件については、ヤツが正式な訴えを警察に出さなかったことから、様々な情報が錯綜している。銃弾がヤツの尻に命中したとする報道もあれば、誰にも当たらなかったとする報道もある。また、家来を引き連れて半裸でサイクリングをしていたところを狙われたとの報道もある。

いずれにしろ、ヤツがドイツで少年らに空気銃で撃たれ、地元警察が現場にかけつけ、現在、事件を捜査しているという事実に間違いはなさそうだ。 日本でも読売、朝日、産経などの大マスコミが事件を報じた。

ただ、報道内容はどれも事件を淡々と述べるに留まり、その背景事情に触れる大新聞は私が知る限りなかった。 大新聞の記事を見てツイッターに投稿したとみられるコメントの中には、ヤツに同情的なものが多数見られた。

まさか、タイ国王が事実上ドイツに定住していて、タイ国内で殺人、拷問など悪の限りを尽くす極悪人だとは夢にも思わないだろう。

一方、海外メディアの報道に目を移すと、英ガーディアン紙などは、事件とともにワチラロンコーンのトンデモ国王っぷりにも触れ、日本の大手紙には見られない踏み込んだ記事を書いている。

タイ国内の報道はどうなっているかというと、国王がドイツに住んでいることは当局により秘密にされているため、タイ語BBC以外は不敬罪を恐れ一切報じていない。

事件に関するタイ政府のコメントもなし。

次は、どんな笑える事件で紙面を飾るのだろうか。

6月24日、タイ立憲革命85周年 絶対王制に逆戻りしつつあるタイ

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1932年6月24日、タイで立憲革命がおこり、タイは絶対君主制から立憲君主制に移行した。

2014年の軍事クーデーターから続く不安定な政治状況の中、昨年プミポン国王が死去。これに伴い狂気の皇太子ワチラロンコーンが国王に即位した。

タイにおける立憲君主制は、絶対君主制の復活を望む変人国王とそれを影から支持する軍事政権によって、瀕死の状態になりつつある。

そんな中、来る6月23日(金)、京都大学東南アジア地域研究所で、ケビン・ヒューイソン教授によるワチラロンコーンの王位継承に関する講義が行われる。

開催場所:京都大学、東南アジア地域研究所

開催日時:2017年6月23日(金)12時~13時30分

私自身、京都大学とは一切関係がないが、興味のある方はぜひ足を運んでいただきたい。詳細は京都大学のウェブサイトにて。

なお、6月24日は、ワチラロンコーンが滞在するドイツでも、立憲革命85周年記念と、ワチラロンコーンに対する抗議を示す意図をくんだイベントが開催される。登壇者は、不敬罪で告訴され、フランスで難民生活を送る歴史家ソムサック元教授、こちらも不敬罪で軍事政権から逮捕状が出ているスコットランド人ジャーナリスト、アンドリュー・マーシャル氏など。

バンコクで爆発相次ぐ

爆弾テロとみられる爆発がバンコクで相次いでいる。5月15日、建設中のプミポン前国王の火葬場近くで爆弾が爆発し2人が負傷。規模が小さかったこともあり、日本ではほとんど報じられなかった。

 

そして、1週間後、2014年のクーデータ発生から3周年となる5月22日、バンコクにある軍所有の病院で爆弾が爆発し、少なくとも24人が負傷した。現在、読売や時事通信など日本の大手メディアも第一報を入れている。

ウィキペディアの記述を検証してみよう

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第10代タイ国王、ワチラロンコーンに関するウィキペディアの「評価」の記述を検証してみよう。

ラーマ10世 - Wikipedia

 

ラーマ10世ことワチラーロンコーンの評価については、タイ国内では不敬罪に触れる可能性があるため公の場で議論されることはまずないが、一般的にはかなり悪い。一般的にタイ人は王室の人物には無条件に畏敬の念を持つが、ワチラーロンコーンに対してだけはやや異なる。3度にわたる離婚やドイツに囲っている愛人問題の他、若い頃からの王室の人間にそぐわない数々の行動は、一般市民にも広く認知されている。

 

広く認知されているものの、ネットにつながっていない人やタイメディアの報道にしか触れることができない人の中には、いまだにヤツの奇行をデマだと信じている人もいる。「ドイツに囲っている愛人」については、「ドイツにも連れて行っている愛人」が正解。

 

2007年には、当時3人目の妻であったシーラット妃の30歳誕生パーティーで本人を大勢の人間がいるなか一人だけ裸にさせている映像が出回った[7]。なお2014年にシーラットと離婚後、なぜか彼女の両親や兄弟が汚職不敬罪で次々と逮捕された。

 

2014年~2015年にかけた一連の逮捕劇では拘束直後に3人が死亡、1人が行方不明になった。シーラットは今でも自宅軟禁下に置かれているという。

 

王室内の情報や出来事が外部に漏れることがまずなかったラーマ9世の時代と異なり、今はインターネットの普及によりタイ国内に限らず世界中に瞬時に知られてしまうことが、ワチラーロンコーンの悪評判の広がりに拍車をかけている。

 

特にここ数日、ヤツの半裸・タツゥー姿の動画Facebookに投稿されたことで、ネット上で一気にスパーク。軍政が「違法コンテンツ」の遮断を求め、タイ国内からの締め出しと刑事訴追を持ってFacebookに脅しをかけたニュースは世界中に拡散。英Daily Telegraph紙の「MOST VIEWED」ではランキング1位まで上り詰めた。

 

2016年7月22日、ワチラーロンコーンがドイツに持つ別荘に向かう途中、ミュンヘン空港での姿を現地のタブロイド紙が発表している。服装は女物のタンクトップ、ずり下がったジーンズ、サンダルというラフな格好の上、背中には大きな刺青が施されていた[8]。

 

ドイツ・BILD紙が激写。この写真のインパクトは強烈で、島国日本にも伝来し、「トンデモ国王」の認識が定着する。

www.bild.de

 

こういったワチラーロンコーンの評判は、国内外を問わず各地を訪問し地道に活動する妹のシリントーン王女の人気とは対照的である。このためラーマ9世の次の王位にはシリントーン王女が就くことを望む者が多いと一般に言われていた。タイ国内の書店を巡ると王室の人物に関する本を多く目にするが、シリントーン王女に関する出版物が多数ある一方、ワチラーロンコーンに関するものはほとんどないのが現実である。このためワチラーロンコーンにとってはラーマ9世亡き後、後継者として自らの不人気をどのように克服するかが課題となっていた。

 

ヤツが今後、更生する可能性はゼロ。すでに一般的に知られているヤツの悪事も相当なもんだが、いつの日か不敬罪が廃止されたら、ヤツの奇行・蛮行の数々が明るみに出ることになる。この男のために地獄の日々を送っている人々を1日でも早く解放するために、まずは、不敬罪の廃止を切に願う。

 

ワチラーロンコーンの数少ない外交業務に1987年の訪日がある。この時、妻ではなく愛人を連れて行こうとしたが、外交儀礼に反するという理由で日本政府に拒否されている。日本滞在中、車で移動中に小便を我慢できなくなり高速道料金所のトイレで用を済ますことになったり、除幕式で背丈に合わない椅子が用意されたりした。それを自分に対する冷遇と受け取り、予定より3日早くタイに帰国した。

 

訪日時に予定より3日早く帰国したことは知られていたが、その理由については多くの噂が出回っていた。しかし、2017年1月に米CIAが機密扱いを解除した文書の中に、経緯が書かれていた。 この文書はCIA公式サイトで見ることができる。 

 

9年後の1996年、当時の首相であった橋本龍太郎がタイで行われた国際サミットに参加した際に、日本に対する報復を行った。ドンムアン空港に橋本の飛行機が着陸した際、ワチラーロンコーンは3機の戦闘機を使って滑走路を塞がせた。橋本は約20分間機内に閉じ込められたが、日本側はあえて抗議をしない対応を取った[9]。

 

それが「報復」だったかどうかは不明だが、ヤツならあり得る話。